風炎が二人
著:赤巻たると
プロローグ
――俺は、その瞬間を死ぬまで忘れることはないだろう。
むせかえるような湿気が充満した空間。光はなく、天井から垂れ落ちる水の音が耳朶を打つだけ。人間が生きていくにはあまりにも過酷で、虚無な小部屋だった。
物心がついた時にはここにいた。身体はいつも生傷だらけで、泣いていたのを覚えている。
いつの日のことだったか。たまにやってくる大人が、俺に吐き捨てたことがある。
『お前はな、売られたんだよ』
そう言った男は、醜悪な笑みを浮かべていた。もっとも当時の俺は、言葉もロクに理解できていなかった。男もそれは分かっていたはずだが、憂さ晴らしのために唾棄したのだろう。そういうことをする男だった。身体に刻まれた傷の半分は、こいつに付けられたのだから。
この男からは外の光も、満足な食事も、言葉も、何一つ与えられなかった。ただ、機嫌の悪くなるたび、拳と暴言を俺に叩き付けてきた。なんでそんなことをするのか、当時はとても不思議で、考えても分からなかった。
ただし、そんな幼心でもいくつか理解できることはあった。
――俺には守ってくれる人なんていないこと。
――俺はきっとロクな死に方ができないこと。
――俺は生まれてこなかったほうが、幸せだったということ。
そんなことを悟っても、涙一つ出てこなかった。とっくに感情は擦り切れて、残っていなかった。
それでもいい。感じるというのは、痛くて辛いだけだから。ワガママなんて言わない。
ただ一秒でも早く、この世界が終わってほしかった――
だから、男がいつもより強く殴り倒してきた日は、俺の願いが叶う瞬間のはずだった。打擲され、罵倒され、意識が急に遠くなったのを覚えている。なぜ、今日はこんなにも怒っているのだろう。薄れゆく意識の中で、首をかしげていた。
『お前は、売り物にならない』
男が発した言葉はそれだけだった。でも、きっとそれが癇に障るもので、こうして殴られる理由なのだろう。ただ、もうそんなことはどうでもよかった。
今までにない眠気が、胸の底からジワジワと迫ってきた。血があちこちから溢れてきて止まらない。ここで寝てしまえば、もう起きることはないだろう。
ようやく終わる時が来た。この悲しくて苦しい世界から、ようやく解放される。
それはきっと、幸せなこと――
『あ? なんだテメェ』
男が目を見開いた。奴が振り下ろそうとする拳を、俺が必死で掴んでいたのだ。
なぜそんなことをしたのか、自分でもわからない。最後くらい、こいつに抵抗してやろうという気の迷いだったのかもしれない。
しかし、ささやかな反逆は一瞬にして終わりを告げた。男は俺の手を振り払って金属の棒を手に取る。そして全体重を乗せて俺に叩き付けようとしてきた。
しかしその時、
『統領! まずいです、女が、女が――ぎゃああああああああああッ!』
轟音と共に、部屋の扉が千切れ飛んだ。どれだけ押しても動かなかった厚い鉄板が、まるで紙切れのように宙を舞ったのだ。
恐ろしく大きい扉が、俺に馬乗りになっていた男の頭部に直撃した。
男はぐるんと目を回して倒れこみ、そのまま動かなくなった。
何が起きたのか、まったくわからなかった。
今までに聞いたことのない軽い足音で、誰かが部屋に入ってくる。そして倒れている俺のそばでピタリと止まった。
『子供か。よくあることじゃが、哀れよの』
涼しくてきれいな声。どうやら女の人らしかった。その人は、俺に息があることが意外だったらしく、顔を覗き込んできた。
『選ばせてやる。死にたいか? 生きたいか?』
その時に見えた彼女の顔は、とても美しかった。けれどその目は冷たくて、彼女の爪は俺の首に当てられていた。死にたい、と言えばすぐに眠らせてくれるのだろう。だから俺は、すぐに首を横に振るべきだったのに――
『……俺、は』
思いがけず、熱いものが自分の内側からこみあげてきた。俺の命を奪うために添えられていた彼女の指が、泣きたくなるほど温かかったのだ。
それがどうしようもなく嬉しくて、死にたいなんて思えなくなって。
初めて感じた『温もり』に負けて、俺は呟いていた。
『……生き、たいです』
涙を流しながら、生まれて初めて、ワガママを言った。
『お姉さんのところに、行きたいです』
――これが、俺の始まりの瞬間だった。
一章
冒険者という存在は、いつだって子供たちの憧れだ。
危険を顧みずに秘境へ飛び込み、新たな発見や宝を持ち帰る。魔物が立ちふさがれば颯爽と打ち倒し、あるいは知恵を絞ってやり過ごす。
それはまるで、おとぎ話に出てくる英雄譚。夢多い少年たちが熱いまなざしを向けるのも無理はない。
冒険者を志していて、魔法皇国の名を知らない者はいないだろう。
《いにしえの時代》において栄華を極め、滅びた後も膨大な遺物を残した国だ。こうして今、冒険者が飛空艇であちこちに行けるのも、皇国の時代にあった技術を復元したおかげなのである。
絶対的な魅力を放つ、古代の遺物。それらは未発見の島に眠っていることが多い。
そのため新たに島が発見されると、冒険者たちは気勢を上げて探索しようとする。
しかし、無秩序に冒険者たちが荒らし回れば、回収できるものも回収できなくなる。
そうなると冒険者だけでなく、遺物を研究しようとする人たちにまで迷惑がかかってしまう。
そこで国は、島の探索についていくつかのルールを定めた。
例えば、最初に調査を行うのは国の調査機関であること。公正中立な者が島の危険度などを調べ、冒険者たちに告知する。
そうすることで、身の程知らずな冒険者の事故死を防ぐことにもつながるからだ。
また、発見されて日の浅い島で探索する際には、必ず国の許可を取ること。これは素行の悪い冒険者に島を荒らされては困るためである。
こういったルールのもとで、今日も冒険者たちは己の夢を追いかけ続けている――
◆
「ぬわぁんじゃとぉおおおおおおおおお!?」
遺物管理局にある大講堂。大規模な会議や説明会を行う際に使われる場所である。
本日、ここでは新たに発見された島の調査報告会が行われていた。
二週間ほど前、新たな島が発見されたのである。島全体が霧に覆われており、古代の建築物らしき物も確認されたという。早速、国の調査隊が島に赴き、つい先日帰還した。
そして調査の結果がまとめられ、今日の報告会により冒険者の探索が解禁されるはずだった。
しかし、遺物管理局から発表された内容は『探索厳禁』のお触れだった。これを受けて、大講堂は紛糾。その中でもひと際騒ぎ立てる少女の姿があった。
「横暴じゃ! 権力の不当行使じゃ!」
遺物管理局の職員に掴みかからんばかりの勢いである。会場の冒険者は慣れたような反応で、『また狂犬のシア様が暴れなさったよ』と皮肉気に肩をすくめている。
この少女の名前はシア。赤色の長髪をなびかせ、威圧するような表情をしている。
見た目こそ十一、十二歳だが、精霊のため正確な年齢は推し量ることができない。
冒険者としてはこれ以上なく優秀。探索の通算成功率は驚異の100%。狙った獲物は決して逃がさないと評されている。
ただし、『規律を守らない』という致命的な欠陥があった。探索許可も出ていないのに冒険に出かけ、島を荒らし回って帰ってくる。国が想定する最悪の冒険者像を、全速力で突っ走っているのだ。
「ほらほらほらほら説明してみよ! 儂を納得させるのじゃ若造め!」
「……他の冒険者の方もいらっしゃるので、どうかお静かに」
説明をしていた遺物管理局の職員は、シアの追及に困惑しながら答える。若い見た目をしているが、彼が遺物管理局三課の課長であるらしい。課長が面倒な冒険者の応対に手を焼いていると、背後から別の職員が顔をのぞかせた。
「せ、センパイがモンスターを相手に……がんばッス、負けちゃだめッスよ!」
「……よけい面倒になるから! パムは黙ってて!」
課長は部下の女の子を必死で止めた。しかし、聞こえてしまっていたのだろう。シアが威嚇するように声を飛ばす。
「聞こえておったぞ小娘! 誰がモンスターじゃ!」
机を越えて飛びかかろうとするシア。しかし乱行もそこまで。眼光の鋭い男が彼女の頭に手を置いた。
「シア、静かにしろ。そして座れ」
「……じゃ、じゃが」
「座れ」
「む、むぅ……エディがそう言うんじゃったら」
男の注意を受けて、シアはしぶしぶ着席する。それを受けて『狂犬の飼い主がいて助かったぜ』と周りの冒険者は胸をなでおろした。
シアを座らせたのは、彼女と組んでいる冒険者の男だ。
名をエドワルディ・イグニマン。シアからはエディと呼ばれている。寡黙で体格がよく、見た目は二十歳ほど。感情を前面に押し出すシアと打って変わって、恐ろしく冷淡に見える。しかし他人への対応は誠実なものであり、暴走しがちなシアを抑えてくれるため、周りの冒険者からは信頼されている。ただ、『なぜあんな厄介な女といるんだ』と奇異の視線を向けられてはいるが。
「話を戻しまして……これが調査隊の持ち帰ってきた島の状況です」
課長が手をかざすと、壁面に映像のようなものが映し出された。
飛空艇から撮ったと思われる空の映像が数秒。黒い霧の塊のようなものが数秒。その奥にある島の、うっすらとした全容が数十秒。その時、島の端にいた大型の魔獣がアップで映し出される。
「うわ……ヘルドライブ・ドッグじゃねえか」
《狂食の狗》と呼ばれる強力な魔物だ。群れを嫌い単独行動をしており、見つけた獲物をバラバラにして食い散らかす。この種族に食われて犠牲になった冒険者は数知れず。非常に危険な魔物である。
その後、黒い霧に負けず飛空艇が近づいていく映像。すると島の中央部に、遺跡のような建築物が確認された。
「うぉおおおおおおお!」
冒険者たちは興奮する。本物の遺跡だ。もはや建築物自体が遺物のようなものになっており、中にある宝の数にも期待が膨らむ。
が、次の瞬間、いきなり映像に砂嵐が走った。太い熱線が映像を一文字に横切ったのだ。直後、耳をつんざくような咆哮。それと共に、空を駆ける魔獣たちの姿が映った。
赤い縞模様に、見る者を不安にさせる長い首。見覚えがあるのか、冒険者たちがどよめく。
「な、ストライプドラゴン!?」
「しかも複数……どういう島なんだよ」
会場の熱が一気に冷え込んだ。小型とはいえ、ストライプドラゴンは『竜』。一体現れただけで、島への渡航延期が言い渡されるほどの危険魔獣である。まだ魔素の薄い島の外側であるにも拘わらず、この魔物たちの数。島の中央と遺跡がどうなっているのかは想像に難くない。
『駄目だ、切り上げるぞ!』
『俺たちじゃ手に負えない!』
そんな声が響いた瞬間、映像はブチリと切れた。数分程度の映像だったが、どんな島なのかはこれ以上なく伝わった。葬式のような雰囲気になった会場に、課長の声が響く。
「報告は以上です。映像に関して何か質問がある方は?」
沈黙。誰も手を上げない。そればかりか、多くの冒険者たちが席を立って外に出ていく。
「と、討伐されてからではないと命がいくつあっても足りんぞ!」
「今回は他に譲ってやるぜ、感謝しな」
「あわわ……絶対無理ですよぅ」
蜘蛛の子を散らしたように冒険者たちがはけていき、会場にはシアやエドワルディを含め数人しか残らなかった。無論、おかしなことではない。冒険者たちの多くはあくまでも仕事で探索をしている。金を安全に稼ぐことを生業としているため、一部の話を聞かない連中を除き、この報告会の話を聞いて諦めるのはむしろ当然と言えた。
「というわけでして、第二次調査隊を送るまでは探索は凍結になります。なにぶん危険との報告が入っており……」
「ふふ、たぎる、たぎるぞ! 渡航決定じゃ!」
課長が胸をなで下ろした瞬間、一人の冒険者が猛然と立ち上がった。今の話のどこを聞いて冒険する気になったのか。課長は大慌てで止めようとする。
「だ、駄目ですよ! そもそも飛空艇が出せないんです!」
「はぁ? 儂はお主らのために遺物を回収してきてやるんじゃぞ!? 手配くらいして然るべきじゃろうが!」
そう言って、シアは課長の肩をゆさゆさと揺さぶった。その光景を講堂にいた数少ない冒険者たちが気の毒そうに見ている。と、ここでエドワルディがシアの背後に立った。援護射撃が来たと思ったのか、シアはなおさら調子づく。
「のう、エディもそう思うじゃろ? 彼奴らになにか言ってやれ!」
「仕事仲間が迷惑をかけて申し訳ない。すぐに出ていく」
そう言って、エドワルディはシアの両脇に手を突っ込み、そのまま軽々と持ち上げた。そのまま無造作に出口のほうへ歩いていく。味方だと信じていたエドワルディに連行され、シアは絶望的な表情になる。
「あっ、ちょっ……待つのじゃ! 話はまだ終わっておらんぞ!」
「今終わった」
「おのれ……裏切ったな! 儂を裏切ったなエディイイイイイイイイイイ!」
器用な体勢でポカポカとエドワルディを叩くシア。しかしエドワルディはビクともしない。扉を開けると、壁にしがみついて抵抗しようとするシアを引きはがしていく。そして壁にかかった指が三本、二本、一本となり――
「おのれぇええええええええええ! 許可なんぞとらんからなぁああああああ!」
掴まるものがなくなり、廊下へと消えていくシアの姿。
遺物管理局の中に響き渡る絶叫を残し、地獄の釜が閉じられたのだった。
◆
遺物管理局から離れており、冒険者の溢れる通りにある喫茶店《アルト・モア》。
おしゃれとは程遠い、大衆的な雰囲気の店である。紫煙が店内を覆っており、女性人気はあまりない。ちなみに一番安いメニューはナッツサンド。一番高いメニューは別に美味しくもないチューブ・ラットの姿焼きだ。
本来、この時間は息抜き中の冒険者たちで賑わっている。
はずなのだが――店の奥にあるテーブルは軒並み空いていた。
理由は単純明快。狂犬冒険者と名高いシアが、グルルルと唸りながら全てを威嚇しているからだ。店に入ってきた客はその光景を見て、みな踵を返していた。
怒り狂うシアの対面には、溜息を吐くエドワルディの姿もあった。
「そろそろ機嫌を直せ」
「ふん、今回は本気で怒っとるんじゃからの! ぜったい、ぜぇーったい、許してやらんからな!」
シアはコップの水を飲み干し、氷をボリボリと噛み砕いている。そして恨みがましそうにエドワルディを睨んでいた。しかしエドワルディはまったく動じない。
落ち着いた所作で店員を呼び、自分の懐から料金を差し出す。
「注文だ。紅茶二つと卵菓子プディングを一つ」
「もー、エディったら可愛いやつじゃ! 許してやる! でも、今度は儂の味方をするんじゃぞ! してほしいな!」
さっそく運ばれてきた卵菓子をスプーンですくいながら、シアは幸せそうな笑みを浮かべる。もう機嫌が直ったらしい。その豹変ぶりに、遠巻きに見ていた客がさらに距離を置く。
そんな店内を横目で見やるエドワルディ。彼はシアが食べ終わったところで、単刀直入に切り出した。
「さっきの話だが、今回の島は諦めろ」
「それは嫌じゃ。こればっかりはエディの言うことでも聞かんからの」
頬を膨らませてそっぽを向くシア。説得が難しいとわかりながらも、エドワルディは念のため聞いておく。
「なぜだ?」
「冒険したいから、じゃ。この仕事にそれ以外の動機が必要か?」
「一か月の謹慎から明けたばかりだろう」
そう。シアは前回の冒険で他の冒険者と喧嘩になり、重い謹慎処分を下されていたのだ。なお、同伴していたエドワルディは二週間だった。シアが謹慎を言い渡されたのはそれが初めてではない。既に何回も、冒険に出向くたびに、冒険者としての活動停止を言い渡されているのである。しかしその話をしても、シアはどこ吹く風である。
「今回の島はおそらく、半年どころか数年は遊んで暮らせる宝が眠っておるぞ?」
「いや……そういう問題ではないだろう」
どうもシアは冒険と懲罰がセットになっていると考えているフシがある。冒険の功績で永久謹慎を言い渡されていないだけで、本来ならばとっくに廃業していてもおかしくはない。エドワルディはそれを心配しているのだが、シアは聞き入れず反駁してきた。
「儂としては、エディの方が残酷なことを言っておるように思うがのぉ」
「なんだと?」
「確かにあの職員たちの言う通り、例の島は危険じゃ。島の外郭ですらあの有様。内部なんぞ冒険者が踏み込めば確実に死人が出るじゃろう」
空にはストライプドラゴン。地面にはヘルドライブ・ドッグ。遺跡の中には、下手をすると《魔石》を持った魔物がいるかもしれない。
「そこでじゃ。『安全に回収できる儂たち』がさっさと宝を回収してしまえば、犠牲は皆無。勘違いするでない、これは『人助け』なのじゃよ」
まるで聖母のような笑みを浮かべるシア。しかしその顔の下に眠る欲望を知っているので、エドワルディは溜息しか出ない。
「で、これを聞いてもエディは反対するのか? 血も涙もないやつじゃのう」
「…………」
「あーあ、儂らが行けば犠牲なんて出んのになー。エディが止めるから」
よよよ、とわざとらしく目尻をぬぐうシア。ちなみに涙など一滴も出ていない。
エドワルディはしばらく沈黙した後、諦めるように肩をすくめた。
「いいだろう。それは意見として認める」
「ふふん、当然じゃ!」
「それはそれとして、本音は?」
「だって、すっごい楽しそうじゃろ!?」
これである。人助けだとか効率的だとか、そういった話は詭弁でしかない。シアという少女は好奇心が原動力なのだ。一度興味を持った時点で、他人に止めることはできない。
「最後に一つだけ、聞いていいか」
「なんじゃ?」
エドワルディには、一つだけ懸念があった。シアが好奇心のままに動いてくれるなら、止めるべくもない。自分としても、彼女が楽しそうにしてくれているのを見るのは好きだ。けれど、それが彼女の本懐でない理由から来るものだとしたら――
『お主の感情は、儂が取り戻させてやる!』
『もうやめてくれと言うくらい、お主を笑わせてやるからの!』
いつかの言葉が脳裏をよぎった。いつも粗暴で、他人に対してぶっきらぼうなシア。けれどエドワルディは、彼女が本当は心優しい人だと知っている。優しいがゆえに、たまに失敗してしまう。知的好奇心のままに動いていれば、決して踏まなかったであろう地雷を、踏んでしまうことがあるのだ。
それが嫌だから、申し訳ないから――エドワルディは真剣に尋ねた。
「今回の探険だが……誰かのために、無理をしているのでないだろうな」
「――――」
すると、シアの顔から笑みが消えた。彼女はティーカップを無言でテーブルの上に置く。そしてエドワルディの瞳を正面から覗き込んできた。あまりにまっすぐで、言い訳を許さない眼光。エドワルディもさすがに困惑する。そのまま黙すること数秒。緊張の回答は一瞬だった。
「ていっ」
「……痛っ!」
エドワルディは熱い感覚を額に感じた。どうやら彼女にデコピンをされたらしい。額をさすっていると、シアはお腹を抱えて爆笑した。
「あひゃひゃひゃ! バーカ、うぬぼれすぎじゃ。儂は自分の好きにしとるだけじゃぞ」
「……そうか、ならばいい」
いきなり真剣に目を見つめられたため、狼狽してしまった。エドワルディが自分の心の弱さを恥じていると、シアはなおも顔を覗き込んでくる。
「おやー? もしかして、儂の反応が気になって仕方なかったのか? めちゃくちゃ見とったものなぁ。もー、エディも年ごろになっちゃって! いつ儂の寝所が脅かされるか――」
「……もういい、話は終わりだ」
エドワルディはテーブルを叩いて席を立った。そんな彼の後を、シアはくすくすと笑いながら追いかける。
「うむ、ではエディの結論を聞こうではないか」
背中の服を引っ張ってくるシアに、エドワルディは辟易しながら答える。
「どうせ俺がついて行かないと言って止めても、一人で行くのだろう?」
「うむ!」
ならば、答えは一つ。こんな狂犬少女を一人で放っておくわけにはいかない。エドワルディは深い溜息を吐いて、シアに呟いた。
「――謹慎一年、今回ばかりは覚悟するぞ」
「ふふっ、それでこそエディじゃ!」
こうして、掟破りの冒険が幕を開けたのだった。
二章
「エディ、霧が出てきたぞ! 間違いない、この近くにあるのじゃな!」
「身を乗り出しすぎだ。落ちたらどうする」
「はぁー!? なんじゃって? 聞こえんぞー!?」
両手に耳を当てて、エドワルディに顔を寄せる。たなびく髪がうっとうしそうだ。
そんな彼女に、エドワルディは渾身の大声で叫んだ。
「落、ち、た、ら、ど、う、す、る、つ、も、り、だ!」
「……オツィデーラ・ドゥ・カタツムリ? なにやら美味そうな名前じゃのう!」
「……チッ、聞こえんのか年増め」
「誰が年増じゃエディ!!」
現在、エドワルディとシアがいる場所は『天空』。どこまでも青く透き通る空。下方には雲海が見える。
これが飛空艇であれば、優雅な大空の旅になっていただろう。しかし今二人が乗っているのは気球だった。
バルーン状の素材に空気を入れ、盛大に炎を焚いている。炎の中心にはエドワルディの持っている槍が刺さっており、供給する空気の量を調整している。火加減はシアによる魔術であり、大ざっぱな火勢であるため、気球があらぬ方向へ揺れていた。
そのうえ、あたりの強風が直撃しているため、近くにいても声がまともに通らない体たらくであった。
「……くそ、だから許可のない冒険は嫌なんだ」
槍の穂先に手をかざしながら、エドワルディはひとりごちる。
国が渡航禁止令を出しているので、例の島に向かってくれる連絡艇は一つもない。そのため、国の探索禁止の触れというのは絶対的なものであり、普通なら国の支援なくして冒険などできないのである。
しかし、シアはそれを無視できる手法を確立していた。
それがこの高速気球である。シアが火の魔術で気球を浮かし、エドワルディが風の槍を使って風の魔術を全開にし、進行方向を調整。気流の変化一つで事故が起きるため、他の冒険者はこんな命知らずな真似をしたりはしない。
それを平然と実行に移せてしまえるのがシアの強みであり、それに渋々と付き合っていけるのがエドワルディのタフさであった。
気が遠くなるほど、辛い時間が続いた。しかしエドワルディの持つ《魔力盤》に反応があったのを皮切りに、目的地を発見した。黒い霧が大空に浮いている。その内部には小さな島らしきものがあった。
「おお、あれが例の島か!」
《魔力盤》の針が限界近くまで振り切れているのを見て、シアは興奮したようにピョンピョンと跳ねた。
「確かに……間違いないようだな」
黒い霧に近づいていくにつれて、エドワルディも肌で感じた。島の中から漂ってくる圧倒的な魔力を。
霧の中に入っていくと、ついに島の全体を見渡すことができた。外郭は平地で、中央に近づくにつれて鬱蒼とした森林が位置している。そしてこの島の最中央、森を抜けた先には――
「おおおおお! 遺跡じゃ! 映像で見るより数倍気味が悪いのう!」
どうやら魔力の発信源はあの遺跡の中らしい。となれば、外郭と森林に用はない。飛空艇では着地できない狭い場所でも、気球ならば着陸することができる。魔物のいる地面を無視して、一気に遺跡へと降りていこうとする。
しかし次の瞬間、目の前がいきなり明るくなった。
「――ッ」
熱線。直撃すれば風穴が空くであろう一撃。あの映像で見たとおりだった。
「来たぞ、ストライプドラゴンだ!」
空を飛んでいるのは全部で五体。まるで遺跡を守るかのように巡回している。そして見慣れぬ気球を発見してか、猛然とこちらに接近してきていた。それを見て、シアは楽しそうに高笑いしていた。
「ふはははは! 待っておったぞ! 儂をただの冒険者と思った時点で、貴様らの敗北は決定しておる!」
そう言うと、シアは右手と左手の両方に別々の魔術を生み出した。右手には矢のような太い炎を。左手には人の頭ほどもある大きな火球を浮かべている。炎の精霊であるシアに、小細工は不要。己の力でもって火の魔術を詠唱し、最低限の《魔導器》によって炎を増幅する。そして輝く炎が煌めいた瞬間、彼女の手から火の魔術が射出された。
「炎の精霊の絶技、その身で知るがいい!」
矢のような炎はストライプドラゴンの喉元を正確無比に貫く。その上、貫通した矢が背後にいたもう一体の首を直撃した。何が起きたのか分からないといった様子で、ドラゴン二体は墜落していく。これを見たストライプドラゴン三体は、逆上したように気球へ突貫してきた。
「それは、愚策じゃぞ」
次の瞬間、残っていた左手の火球が弾けた。小さな炎の散弾となり、突撃中のストライプドラゴン達を蹂躙する。爆ぜ狂う炎弾が手元からなくなった頃、上空にストライプドラゴンの姿はなかった。
「ふっ、余裕じゃ余裕」
「相変わらず恐ろしい魔力だな」
「当然じゃ! 儂が周りからどう讃えられておるかは知っておるじゃろ」
「ああ、妖怪銭ゲバ女か」
「誰じゃそんなことを言ったやつは!?」
二人がぎゃあぎゃあ騒いでいると、いきなり辺りが暗くなった。怪訝に思いシアが身を乗り出すと、気球の真上を赤い巨躯が飛んでいた。
後ろ足の爪が今にも気球を引き裂きそうだ。それを見たシアは、泡を食ったようにエドワルディに抱き着いた。
「ぬぉあああああああああああああ! く、曲者じゃ! 曲者じゃぞエディ!」
どうやら一体残っていたらしい。しかし、驚くべきはその事実ではない。
「……馬鹿な、これほどまでに巨大なストライプドラゴンなど」
ストライプドラゴンは小型竜に分類される。大型竜よりもブレスやパワーが乏しい代わりに、上空での旋回性能などで他を圧倒する種族だ。先ほど撃ち落としたドラゴンが成体サイズであり、それ以上の大きさになるはずはない。
「……まさか、『古竜化』したのか」
古竜化。長寿の竜種に極稀に起きるとされる突然変異。異常な量の魔力を長年浴びることが原因とされているが、それに加え『もう一つの条件』があるとされている。その謎に包まれた条件の解明に、学者たちは血道を上げているらしい。
「しかし、おかしい。このあたりで古竜化したという事例は聞かないが……」
「何をぶつぶつ言っておる! 早く追い払うのじゃ!」
そう言われて、エドワルディはすぐに槍で舵を取る。しかしいくら気球を動かしても、この赤い大陸のような竜からは逃れられない。
と、ここで頭上からバキバキと音がし始めた。爪が今にも気球を食い破らんとしている。
「まずいな……気球に穴を開けるつもりだ。墜落よりはマシだ、急いで緊急着陸するぞ」
エドワルディは冷静に槍を操作し、高度を落とそうとする。気球が破れるより先に降りることができれば、地上で迎え撃つことができる。墜落だけは何としても避けねばならない。
しかし、この危機的状況を座視できない人物がいた。
「あぁあ……このままでは儂の気球が壊れてしまう! ええい、そうはさせんぞ!」
「なっ、おい……シア!」
シアはエドワルディが手をかざしている槍を握る。そして大空へ飛び出そうかと言うほどの跳躍と共に、気球の上部分へと刺突を繰り出した。
「串刺しにして丸焼きにしてくれる! そこじゃああああああああ!」
槍は気球を突き破り、飛竜の皮膚を刺し貫く。そして最奥に突き刺さった槍から、シアの火炎が一気に噴き出した。
内臓が焦土と化したのだろう。巨大なストライプドラゴンは悲鳴を上げて墜落していった。
「ふっ……しょせんは図体だけよ。一撃必殺じゃ」
ドヤ顔でエドワルディに槍を返却するシア。ほめてくれと頭をエドワルディに押し当てる。
「――それで」
エドワルディは無表情のまま、シアを凍えるような目で見つめる。
「気球に穴を開けて、どうするつもりだ?」
「あっ」
顔面蒼白になるシア。しかしもう遅い。
ボシュウウウウウ、と恐ろしい音と共に気球の空気がフライアウェイする。
そのまま重力に負け、気球は地面めがけて落下していく。
「なんでこうなるんじゃぁああああああああああああ!」
こうして、二人はめでたく島への上陸を達成したのだった。
三章
「……まったく、ロクな目に遭わん」
エドワルディは深い溜息を吐いていた。風の魔術で落下速度を弱めたので、なんとか二人は軽傷で済んだ。気球についても、槍の切っ先で裂けただけだったので、すぐに修復が完了した。エドワルディが補修していると、シアは彼の背中にもたれかかりながら弁明を始めた。
「気球の件じゃが、ドラゴンの爪に引き裂かれるよりよっぽどマシだったじゃろー? つまり、儂は正しいことをしたのじゃぞ。むしろ感謝してくれねばのう!」
それを聞いて、エドワルディは無言でシアの胸元に手を突っ込んだ。そして何かを探し当てるかのようにまさぐる。
「ひゃっ……エディ、そんないきなり……っ! まだ心の準備がじゃな……」
「魔術の連続行使で腹が減った。補填せねばな」
そう言ってエドワルディが取り出したのは、シアが喫茶店で買っていたナッツサンドだった。懐に入れていたのを知っていたエドワルディは、ナッツサンドを有無も言わさず貪り始める。
「あぁあああああああああ! それ儂のっ! 遺跡の頂上で食べようと思ったのにぃいいいいい!」
◆
二人が落ちたところは、運良く遺跡の中腹付近だった。眼下には森林が見え、その遠くには平地が見える。この遺跡以外には用はないので、着陸地であるここを出発地として、気球を置いておく。
そして外壁を確かめていると、崩れかかった壁を発見。人一人が通れそうなので、ここから侵入することにした。
中に入ると、乾燥した土の匂いが鼻腔をついた。ひとまず壁に沿って進んでいき、宝物を探していく。その途中、元は回廊だったであろう場所で、ナイフが落ちているのを発見した。
シアは拾い上げると、目を細めて微笑んだ。
「ほほう……年代モノじゃなぁ」
「わかるのか?」
「うむ、こういうのはじゃな、柄を持って魔力を流し込んでやると――」
シアが魔力を浴びせた瞬間、錆びたナイフは粉々に砕け散った。あわわと口を開けるシアに、エドワルディが冷ややかに尋ねる。
「流し込んでやると?」
「こ、こんな感じで砕け散るのじゃ。これはあれじゃな、パーティー用の道具じゃ!」
「そうか」
もっとも、エドワルディとて詳しいわけではない。考古学や鑑定学というのは学者に任せている。頭に入れているのは、せいぜい最低限の冒険知識だけだ。
「しかし、妙じゃな」
「魔物がいない、か?」
「うむ。あれだけの魔力、きっとおびただしい数の魔物がおると思ったんじゃが」
エドワルディも不思議に思っていた。《魔力盤》は確実にこの遺跡の中を示している。メーターが振り切れているため、数百の魔物が跋扈していてもおかしくはない。だが、ここまで遺跡の中で魔物に出会っていない。そればかりか、この奥にも一切魔物の気配がしないのだ。
「ヘルドライブ・ドッグだが、おかしいと思わないか」
「うむ、本来であれば閉所を好む奴らが、この遺跡ではなく外郭に住んでいたのう」
それが意味するところは一つ。この遺跡に存在する何かに怯えて、あそこまで追いやられたのだ。そして、それは恐らく他の魔物も同じ。
「この遺跡、一体しかおらん可能性があるわけじゃな」
「だとしたら、相当な強さだぞ」
魔物一体が、《魔力盤》の針を壊さんばかりに振り切らせているのだとしたら――
とんでもない存在が、この奥に眠っているのかもしれない。
「油断するなよ」
「ふふん、いつも通りにやるだけじゃ」
エドワルディは気を引き締めながら、シアは不敵に微笑み、暗い最奥へと進んでいくのだった。
◆
【いつもの使者――というわけではないようだな】
遺跡の最深部にして最奥部に位置する部屋。そこには一体の魔物がいた。
荘厳なカーペットの奥に鎮座する、骸骨の魔術師。
その骸骨は、宝石で装飾された玉座の上でカタカタと骨を鳴らしていた。
【どこの国の使者か? それとも無頼の修行者か? 答えるがいい、余の前に立つ因縁を】
次の瞬間、骸骨の身体から魔力が解き放たれた。波動でビリビリと壁面が震える。エドワルディも、心臓を鷲掴みにされたかのような圧迫感を感じていた。
【余はゲドラ諸国最後の王、アルメロイ・エッジワークス】
静かに名乗りを上げる骸骨。聞いたことのない国だ。それに、こんな小さな島が元は国家だったのだろうか。気になることはあるが、顔色一つ変えるわけにはいかない。後ろにいるシアを身体で隠しながら、エドワルディは正面から相対する。
「俺はエドワルディ・イグニマン。この地にある宝物を頂戴しに参上した」
【宝物を、頂戴……か】
口元に手を当てる骸骨。何をするかと思えば、カラカラと喉の骨を鳴らし始めた。笑っているようにも見える。しかし次の瞬間、どす黒い魔力が骸骨から噴出した。
【それは――鏡を余から奪うということか?】
「……鏡?」
【余の王たる証を奪おうなどとは、万死に値する】
そう言うと、骸骨は玉座の横に立てていた錫杖を手に取った。そして一歩ずつ、こちらに近づいてくる。
【まだまだ、魔力が足らんのだ。亡国復興のためには……な】
錫杖は恐らく遺物だろう。あの骸骨が手に取った瞬間、エドワルディは体の力が抜ける感覚を覚えた。《吸魔》の力が付与されているのだろう。長期戦になればじり貧は必至。
【生贄を捧げてくれた連中には礼を言わねばな。さぁ……わが腕の中で息絶え――】
と、次の瞬間、背後から骸骨に負けず劣らずの膨大な魔力を感じた。
「――業炎《テュルソス》!」
直後、エドワルディを巻き込まないギリギリの範囲で火柱が噴出した。石を泥のように溶かす炎が骸骨へと直撃する。
【……ぐぉあッ】
骸骨が喋っている途中で、シアが最大の火魔術をぶっ放したのだ。この魔力を溜めるため、エドワルディの背後に隠れていたのだ。
「――纏炎《フェルラ・コミンス》!」
炎が消えるまで待たず、シアはさらに両拳に炎を纏わせた。そして暴力的なまでの魔力を拳に込め、一気呵成に殴りかかった。
「ふはははははははははは! この連撃を見切れるか? 見切れんじゃろう!」
【ま、待て……貴様ら、まだ喋っている途中――】
その声を遮るかのように、シアの腰を入れた一撃が顔面に入った。骸骨は壁まで吹っ飛んでいき、その衝撃で錫杖は粉々に砕け散った。
しかし、まだ追撃は終わらない。シアは新たに炎の魔術を腕に纏い、壁に縫い付けるように連打する。
「つべこべ言わず宝じゃ! 宝を出すのじゃエセ国王!」
不意打ちから始まった止まらぬ連撃。ふざけているように見えるが、これが魔術師に対する常套手段である。どれほど強力な魔術が使えても、詠唱させる間もなく間合いを詰めてしまえば無力。
「正しい戦法……なのだがな」
不意打ちで一方的に殴るシアの姿は、エドワルディの目から見ても悪人である。
とはいえ、これだけの手段に出ざるを得ないほど警戒していたということでもある。
もっとも、彼女のラッシュを喰らえばひとたまりもないだろう。それこそ、普通の魔物であるならば――
その時、エドワルディは見てしまった。骸骨の眼窩の奥に、黒く輝く《魔石》があるのを。
「気を付けろ! シア! そいつは――」
骸骨の両目に埋まる《魔石》。それは、すさまじい実力者であることの証明。有象無象の魔物では話にならないほどに強力無比。あの《魔力盤》の針の動きに、得心がいった瞬間だった。
【――迂闊だな、雑魚ども】
と、その時、骸骨の口が怪しく輝いた。
魔力の波動を感じ、とっさに離れようとするシア。しかし接近状態で格闘していたことが災いし、回避が遅れてしまう。
「……チッ」
骸骨の口から噴射した水が、シアの腹部を掠めた。すると水の当たった箇所がすっぱりと切れていた。直撃していれば、身体が真っ二つになっていただろう。
【ほう、いい反応だ、実にいい反応だ。しかし惜しかったな】
カラカラと骸骨は狂気の笑みを浮かべる。顔の右半分がシアの魔術で炭化しているにも拘わらず、動きに支障はないようだ。無尽蔵に近い魔力が、あの《魔石》から供給されているのだろう。
【還すぞ、この痛み――《湖王の逆鱗》】
詠唱した瞬間、骸骨の全身から水球が飛び出した。灰色に濁った水。先ほどの魔術で警戒していたシアは間一髪で回避する。それを見て、骸骨は愉悦に満ちた罵倒を放つ。
【愚か者めッ、狙いは貴様ではない!】
グリン、と骸骨の首が可動域を超えてエドワルディを捉える。
「……俺かッ」
エドワルディはとっさに避けようとする。が、なぜか右足が動かない。足元を見れば、水の手に足首を万力のような力で締め上げられていた。
「ぐっ……あぁあああああああああああ!」
極限の痛みが駆け巡る。しかし、もっとまずいものが迫っている。灰色の水球が、エドワルディを呑み込もうと大口を開けて――
「エディ!」
エドワルディの視界の端に、シアが映った。彼女は足をつかむ水の手を蒸発させると、そのままエドワルディを突き飛ばしたのだ。しかし、その場にいる以上、シアが魔術を受けることになる。濁った魔力の水球が、シアを丸呑みにするように包み込んだ。
「…………シア!」
慌てて引っ張り出そうとするが、エドワルディが灰色の水に触れた瞬間、手の皮がずるりと剥けた。その直後、まるで傷口に酸をかけたかのような激痛が広がる。
「~~~~~~~~~ッ!」
右手を押さえてのたうち回るエドワルディ。その姿を見て、シアは胸を痛めたのだろう。自力で脱出しようとする。
「なんふぉ……ふぉれしき!」
シアは火魔術を全開にして蒸発させようとする。しかし、その水は一滴たりとも消えたりはしない。抵抗する彼女の姿を見て、骸骨は醜悪に笑った。
【無駄だ。一度完成した以上、その水は内からも外からも干渉できん。我が怒りが収まらぬ限り――つまり、貴様が死に絶えるまで、至上の苦しみを与え続けるのだ】
脱出不可能な空間を生み出す魔術。多大な制約を伴うが、そういった魔術は確かに存在する。しかし、正攻法で打ち破れないことはないのだ。特にシアほどの魔術の使い手であれば可能であるはず。
だが――炎と水。決して覆ることのない相性差が、シアの抵抗を困難にしていた。
やがて水球は宙へと浮かび、誰の手にも届かない高みへと至る。薄黒く濁った水の中で、シアは苦悶の表情を浮かべた。
「う……ぐぼっ……がはっ……」
【クク、苦しいか? 其は罪人の檻。二度と開くことはない。檻の水は、余が覚えた怒りのぶんだけ黒く濁る。やがて咎人の全身を陵辱し、余への不逞を贖わせるのだ……フフ、フハハッ、ハーッハッハッハッハッハッハ!】
高笑いを放ち、骸骨は後始末と言わんばかりに後ろを振り向いた。
【さて、あとは貴様だ――陰気な人間よ】
きっと先ほど手を焼かれた痛みに苦しみ、芋虫の様に地面を這いずっていることだろう。そう思案して振り向いた骸骨の先に、エドワルディはいた。
ただし、まっすぐに立ち、目を伏せながら槍を握っている。
「……いかなる方法をもってしても、外からも助けることは不可能、か」
そう言いながら、爪が食い込まんばかりに槍の柄を握りしめる。その時、槍の切っ先が青の光を灯した。
嫌な予感がしたのか、骸骨は直ちに強力な魔術を詠唱する。
【……なにを企んでいる? 疾く、我が理想郷から去ぬがよい!】
先ほど足首を握撃した水の手が、エドワルディの四方から迫る。
しかしその瞬間――水が飛沫となって吹き飛ばされた。まともに立っていられないほどの暴風。瞬発的な風圧により、骸骨は頭を壁に打ち付けた。
【が、は……ッ、いったい……なにが……】
骸骨は恐怖した。なにか得体のしれない、巨大な力に身体を翻弄された気がしたのだ。このとき、骸骨は初めてエドワルディの瞳を直視した。
――怒り
己の操る怒りの水魔術が陰ってしまうほどの、純粋にして鋭利な憤怒。その激情が、エドワルディの見開かれた瞳孔から伝わってきた。
「じゃあ――お前の息の根を止めれば、あの水球は壊れるわけだ」
そう言って、エドワルディは三叉の槍に魔力を込めた。すると、三つの切っ先のうちの一つが、強い輝きを放った。
「檄風が一――《ボレアス》」
すると、エドワルディの周りから先ほど感じた暴風が吹き荒れた。まるで嵐の結界。尋常ならざる光景に、骸骨は戦慄した。
【小癪な術を……! かかれ、《湖王の尖兵》!】
生み出された水が兵士の形をとり、数十の軍団に分裂する。そして勢いのまま押しつぶそうとエドワルディに襲い掛かった。
だが、結果は火を見るよりも明らかだった。凝縮されているはずの水の兵は風に触れるや否や、瞬時に水滴となって飛び散った。
その風は奥に進もうとする者の全てを切り裂き、ちぎり飛ばす。やがて兵が水たまりに変わったころ、エドワルディは静かに尋ねた。
「荒れ狂う嵐を、裸で通り抜けられると思ったのか?」
【なっ……貴様、人間のくせに……なぜそんな力が……】
「俺の力ではない。しょせん俺の魔術など、シアからの借り物にすぎん」
そう、エドワルディに魔術の適性はほとんどなかった。そんな彼ができたことは、他者の魔力が込められた《魔導器》を、十全に使うということだけ。それだけに心血を注ぎ、己を鍛えてきた。しかし、その大本となった力は、自分のものではない。
【か、借り物だと……? ならば、あの女はいったいどれほどの……】
「知らないのか? 《暴虐の炎霊》――クルシア・イグニマンを」
【ば、バカな……炎の大精霊に次ぐと言われた、あの――】
骸骨は目を見開いた。己が生きていた頃ですら、聞いたことがある。誰が相手でも噛みつき、その業火で暴虐の限りを尽くした精霊の名を。まさか、そんな存在が、なぜこんな場所に――
狼狽する骸骨だが、エドワルディは肩をすくめる。そして水球の中に閉じ込められているシアを一瞥した。
「まあ、今はただの俗物冒険狂だがな」
【交わりを嫌う上位精霊が、なぜ貴様のような人間などと……】
「……さあな」
その言葉で、エドワルディは思い出す。感情を失い、すべてを諦めていた自分を拾ってくれたシアを。そんな彼女が向けてくれた、無償の笑顔を。感情を取り戻させるため、もう何年も無茶な冒険に引っ張ってくれている日々の日常を。
そんな彼女が、エドワルディは本当に愛おしい。
「俺だって知らんさ。ただ、一つだけ分かるのは――」
エドワルディは槍に魔力を注ぎ込んだ。三つのうち二つ目の切っ先が光を灯す。すると、垂れ流しになっていた嵐が槍に纏いつくように凝縮した。その風の螺旋は、貫くためにある。
「愛する恩人に手を出したお前を、死んでも許さないということだ」
【ひっ……!】
「シアに対する無礼――死で償え」
槍を構え、その切っ先を骸骨に向ける。そしてその身に残った最後の力を振り絞り、魔力を投入した。この瞬間、三叉の槍の切っ先全てに光が灯った。
【や、やめろ……分かった。宝なら持って帰っていい。か、鏡……! 鏡以外なら何でもだ】
切っ先が光ったのをきっかけに、エドワルディの三叉槍そのものが緑色に光った。魂を貫くかのようなまっすぐな光。
骨を恐怖でカチカチと鳴らしながら、骸骨は絶叫した。
【あ、あの精霊の魔術を解除してやる! だから、見逃せ!】
「祈りは済ませたか?」
エドワルディが持つその槍は、かつて恩人から与えられたもの。
精霊としてやんちゃをしていた頃に手に入れた遺物のようで、どうも捨てられず取っておいたそうだ。
それぞれの切っ先に大事なものを願うことで、その力を増す不思議な槍。
これを与えられたとき、エドワルディは誓った。
第一の切っ先は、自分自身を守るために。
第二の切っ先は、大切な人と生きるために。
第三の切っ先は、生まれてきたことを幸せとするために。
その三つが螺旋し、突き穿つ槍の名は――
「――《トライデント・エディ》!!」
輝く嵐が、悲しき王の魂を吹き抜けた。
その後に、心地よい一陣の風を残して――
◆
「こら、エディ! 助けるのが遅いのじゃ!」
「すまんな、《魔導器》を馴染ませるのに時間がかかった」
骸骨が消滅した後、灰色に濁った水はひとりでに消えてなくなった。エドワルディは閉じ込められていたシアの体調を心配したものの、彼女はピンピンしていた。相性が悪かっただけで、やはりあの骸骨程度の魔術では致命傷には至らないらしい。もっとも、水による純粋な窒息は防げないので、迅速に救出できたことは僥倖だった。
シアを抱え起こしながら、エドワルディは骸骨の最期の言葉を思い出していた。
【鏡ある限り、余は……ゲドラ諸国の……賢王……誰が、否定しようとも……】
鏡にこだわりすぎて気が触れてしまったのかもしれない。もしその鏡とやらが遺物であるならば、厄介な代物である。
もっともそんな曰くつき物品は研究者に任せ、冒険者の本懐はその次である。
「あったぞ! お宝じゃ!」
玉座の裏には、古代の《魔石》やら武具やらが奥に積み上がっていた。どれも遺物として十分な価値を持っていることだろう。
「ククク、これだけあれば億万長者……いや、兆京長者じゃ!」
皮算用をしているシアを置いておき、エドワルディはある場所を見やった。遺物の中でもひと際目を引くのが、祭壇に立てかけられた鏡だ。古ぼけてはいるが、不思議な光をその内にたたえている。何より気になったのは、他の遺物と違い、妙に整然と保管されていることだ。大事にしていただけかもしれないが、油断はできない。
ひとまずエドワルディは鏡に布をかぶせてみる。ここからどうしたものかと思っていると、シアがひょいっと手を伸ばしてきた。
「なんじゃ? あとはその鏡だけじゃぞ。早く回収するのじゃ」
「待て、あからさますぎる。きっと罠が――」
シアが鏡を手に取った瞬間、ガコンと音がして石が引っ込んでいった。
何事もなく数秒。しかしその直後、遺跡全体が揺れ始めた。
「……シア」
「わ、儂のせいじゃない! なにせ古い遺跡じゃからの! きっと寿命が今来たんじゃよ!」
「まあいい……脱出するぞ」
やはり、鏡に罠が仕掛けてあったか。というより、鏡を奪われるくらいなら、この遺跡ごと壊れてしまえという意思が見て取れる。やはり、あの骸骨にとって大切なものだったらしい。
ひとまず持てるだけの宝物を回収し、遺跡の外に出て気球に乗り込む。
槍を差し込み、あとは着火するだけなのだが、シアが慌てている。
「あぁああ……全身ずぶ濡れで小さい火が起こせぬ。おのれ骸骨! ここまで見越して儂を水に閉じ込めおったな!」
「早くしろ、遺跡どころか島が崩れている」
「焦らすでない! このまま火が点かなくては生命の危機……ええい、ままよ!」
直後、万物を焼き殺すかのような勢いで火が起こる。強い火魔術を使ったのだろう。おかげで一気に火が点いた。
「ふふ、どうじゃ儂の火は」
「気球にまで燃え移っているが?」
「早く消すのじゃあああああああああああああ!」
気球の足場が崩れる寸前、なんとか飛び立つことに成功。
二人は息を荒くしながら、崩れゆく島を見ていた。どうやらあの鏡が、遺跡どころか島そのものを崩壊させるスイッチになっていたようだ。
無残に消滅する島を見て、エドワルディは骸骨の執念を感じざるを得なかった。
と、ここでシアが背後から背中に飛び乗ってきた。
「そういえばエディ! あの骸骨と儂の悪口で盛り上がっておったじゃろ!」
「地獄耳だな。聞こえていたのか?」
「勘じゃ!」
ずいぶん正確な勘である。悪口を言っていたことは事実なので、否定はしなかった。シアは続きが気になったようで、首に手を回してくる。
「しかし、悪口にしては妙に長かったが。他には何を話しておったのじゃ?」
「それは……」
エドワルディは骸骨との決着寸前、自分が何を言ったのかを思い出した。そして、目を逸らして沈黙。まさか、あの会話を聞かせるわけにはいかない。
「……さあな」
そう絞り出すのが精いっぱいだった。しかし勘の鋭いシアは追及してくる。
「あ、こら! 何か儂に隠しておるじゃろ!」
「見ろ、夕日が綺麗だぞ」
「ごまかされんからな!? エディ、こっちを向け!」
「こら、離れろ! 気球がひっくり返る!」
こうして、二人の一月ぶりの冒険は幕を閉じたのだった。
エピローグ
宝島を沈めた二人組。
それが冒険者の中での評価となった。
調査隊を取り仕切る国の役人にすさまじい抗議を食らったりもした。
しかし持ち帰った遺物から、遺跡が古代の諸島国家の成れの果てであると解明されたこと、歴史的に貴重な宝物たちを国に収めることでなんとか許されることになった。
「おぉ、これが遺跡の最奥にあった鏡ッスか! センパイが喜びそうッス!」
「むむむ、売ったら高そうなのに……」
遺物管理局三課の職員に鏡を渡しながら、シアは恨めしそうな顔をしていた。鏡をここに持ってきたのはエドワルディの発案である。あれほどまでに骸骨の執念が注ぎ込まれていた鏡。恐らくは曰くの付いたものだろう。下手なところに流せば災害を生む可能性がある。他にも呪いが掛かっていると思われる遺物は、全て国に納めることにした。そこで、遺物を回収している遺物管理局に届けに来たのだ。
「俺たちが持っていても仕方なかろう」
「じゃけど……絶対価値あるやつじゃし」
「だから銭ゲバなどと呼ばれるのだ」
「う、うるさい! 儂には儂の流儀があるのじゃ!」
シアはエドワルディの足にゲシゲシとローキックを入れる。それを受け流しながら、エドワルディは一礼しようとする。
「それでは、よろしく頼――」
「ちょっと待った。君たち、なんで遺物を三課なんかに持ってきてるのかな?」
ここで、エドワルディの肩をトントンと叩く男がいた。その男を見た職員の女の子は、驚きの声を上げる。
「あ、あんたは……ナルシス!」
「ナルシス『さん』だ。僕は君の友達じゃない」
どうやら遺物管理局の職員らしい。もっとも、この女の子の反応から窺うに、違う部署の職員のようだ。ナルシスと呼ばれた職員は一枚の紙を広げて見せた。
「通達だ。例の島で発見され、提出された遺物は一課が預かることになったよ」
「そ、そんなぁ……ひどいッスよぉ」
職員の女の子は落胆を隠せない。その態度が目についたのか、ナルシスはやれやれと肩をすくめた。
「許可が出てるのに、ずいぶん不満そうだね。管理局の職員が命令を蔑ろにするのかい?」
「そ、そんなことはないッスけど……」
女の子の職員はしぶしぶ遺物たちを差し出した。するとナルシスは、いかにも価値のありそうな遺物たちをごっそりと両腕に抱えた。どうやら全部持っていくらしい。
「君たちもご苦労だったね、問題冒険者として活躍は耳に入っているよ」
エドワルディとシアに、ナルシスは皮肉げに微笑んできた。そして返事も待たないまま、三課から出ていこうとする。しかしその寸前で、シアが邪悪な笑みを浮かべた。
「おい、鏡を忘れておるぞ、ほれ」
シアは放置されている鏡をナルシスに向かって投げた。両腕がふさがっているナルシスへのささやかな意趣返しだったのだろう。しかし彼は余裕そうに身をかがめ、器用にも顎と首で鏡をキャッチした。そしてシアに反撃の言葉を浴びせようとしたところで、眉をひそめた。鏡から妙な感覚が伝わってきたのだ。
「わ、わわわわ……汚なっ! この鏡、錆びてるし変な液体がついてないか!?」
「そりゃあ遺物じゃし、毒やら呪いの薬くらい付着しとるじゃろ」
「うぉおあああああああああああ! 解毒、解毒!」
ナルシスは泡を食って三課から飛び出していった。その姿を見て、シアは腹を抱えて笑っていた。足音も聞こえなくなったところで、職員の女の子がペコリと頭を下げてきた。
「……あ、ありがとうッス」
「なに、儂が好きでしたことじゃ」
「その通りだ、安心してほしい。責任は全てシアにある」
「はぁ? 止めなかったエディも共犯じゃろ」
二人で醜く責任を押し付けあう姿を見て、女の子はクスッと笑った。
「ウチで預かれないのは残念ッスけど、大切に保管するッス。ありがとうございました!」
元気いっぱいの声でのお礼に、まんざらでもなさそうな二人。
女の子からの言葉を受け取り、エドワルディはシアと共に街へと消えていった。
◆
もちろん、多少の功績を挙げたからといってすべてが許されるわけではない。
今回の件で、国から冒険者としての活動を半年も禁止されてしまった。そのうえ、この期間中に無許可で調査や探索に向かった場合は、いかなる功績も評価せず罰するとのことだった。期間は半年とはいえ、かつてなく厳しい処置である。
「かーっ、ほんとに頭の固い奴らじゃ」
「当たり前の結果だ」
エドワルディとしては、正直安堵している。今回のようなことを毎日していては、身体がいくつあっても足りない。
「まぁ、こんな面白そうな冒険などあと半年は出てこんじゃろ。他に稼ぎもあるし、へっちゃらじゃ」
「もし、謹慎中に新たな島が発見されたらどうする?」
わかりきったことだが、念のため聞いておく。するとシアは満面の笑みを浮かべて即答した。
「そりゃあ行くに決まっとるじゃろ! 危険な匂いこそ、ごちそうの印じゃ!」
そう言って、シアは自分の手を引いて行こうとする。無茶苦茶で、好奇心旺盛な、いつも通りの彼女だ。
そんな彼女だからこそ、ついて行きたいと思った。
冷え切っていた自分に、温かさを教えてくれたシアだからこそ――
「ふっ……本当に――はた迷惑なやつだ」
その瞬間、すさまじい勢いでシアが振り向いてきた。
「あーっ! エディ、今笑ったじゃろ!」
「笑ってない」
見られてしまっていたようだ。エドワルディはそっけなく返答する。
「嘘じゃ! 見たもんね! 絶対笑っとったぞ。ニヤーって!」
「そんな気持ち悪い笑い方をするか」
否定しつつも、また苦笑してしまう。本当に、シアにはかなわない。
「ま、そういうことじゃから、次の島が見つかるまでは遊ぶぞ!」
財布の中はこれ以上なく潤っている。彼女の言う通り、しばらくは遊んで暮らせるだろう。シアの横で、長めの休暇を取るとしよう。
「島が見つかったら、エディも連れていくからの! 覚悟しておくのじゃ!」
「了解」
「うむ、いい返事じゃ!」
エドワルディが頷くと、シアは満足げに指を大空に向かって立てた。
「よっし、まずは酒じゃ! 毎日豪遊! 明日も豪遊!」
陽気に歌いながら、繁華街に入っていくシア。そんな彼女を見て、周りの人たちも熱気に当てられたのだろう。島の遺跡についての話を聞こうと、彼女と同じ酒場に次々に入っていく。今日は酒場がやかましくなりそうだ。
ブレーキ役として、自分がそばに居てやらなければならない。
「まったく、無茶するなよ」
エドワルディは慌ててその背中を追う。
吹き抜ける風と、燃え上がる炎。
二人が共にあることで、炎はどこまでも燃え上がり、風は熱く吹き続ける。
彼女の熱を感じるために、槍を携えてついて行く。
これからも、いつまでも。
この――どうしようもなく愛しい、大切なシアのために。
ヒストリア=ガーデントップへ